山村流 『吾斗ごのみ』日本舞踊上方舞山村流宗家山村友五郎 公式ブログ
2009/11/01 (Sun) 芸能花舞台 京阪『十二月』二題

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今回の「浪花十二月」収録画像を追加しました(11/1)
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芸能花舞台 京阪『十二月』

NHK教育テレビに「浪花十二月」にて出演致します。
どうか、ご覧になって下さい。

11月12日(木)14:00~14:44 
11月15日(日)23:30~24:14
(再放送)

地歌 『浪花十二月』 作詞・作曲者 不詳
【解説】座興的に作られたとされる「おどけ物」「作物(さくもの)」「滑稽物」と呼ばれる地歌の曲の一つ。「作物」といってもおかしみを表面に出さず、物売りの声や、駕篭やの掛け声が、詠み込まれ軽妙洒脱な味わい深い曲となっています。

歌詞は、元日に始まり、春の七草から十日戎の吉兆や宝恵駕篭(ほえかご)、二月最初の午の日に行われる稲荷神社の祭・初午(はつうま)、四天王寺の彼岸会(ひがんえ)、雛祭り、潮干狩り、野崎詣り、端午の節句、名高いとされた難波のさつき、蛍、天神祭りの情景や物売り、にわか、六月(みなつき)祓い、七夕、八朔、仲秋の名月、放生会(ほうじょうえ)、秋祭りの宮神楽、陰暦十月最初の亥の日に炬燵を出すという亥の子の炬燵、顔見世、餅つき、煤払い、衣配り(きぬくばり)等の新春を待つ準備、節季候(せっきぞろ)、昔は大晦日にあった節分の豆まきと、末いく千代とめでたく祝い納めます。

大阪の江戸時代末期から明治初期にかけての年中行事や市井風俗が描かれています。今日では後世に伝える意味でも意義深く、貴重な曲となっています。

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2009/06/19 (Fri) 地歌「越後獅子」

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明日の伝統芸能ナイトは「越後獅子」を舞わせていただきます。地唄舞といえば、扇ですべてを表現するというイメージがありますが、「越後獅子」は小道具を多く用います。本物を持つことが扇で表すよりたやすいように考えますが、実際は雑に扱うと舞が台無しになってしまいますので神経を使う演目です。

地歌 『越後獅子(えちごじし)』 
【解説】
越後地方の直江津・米山・糸魚川などの地名に八目鰻、とうき、黄蓮、いとより、越後縮みなどの名物が掛詞を用いて、情緒豊かに詠われています。越後獅子とは、越後国蒲原郡月潟地方から出稼ぎに来た門付け芸人で、小さな獅子頭をかぶった子供が鞨鼓をつけて軽業を見せ、獅子舞を舞った角兵衛獅子の事です。三代目歌右衛門が江戸市村座でライバルであった三代目・坂東三津五郎の七変化に対抗して作った「遅桜手爾波七字(おそざくらてにはのななもじ)」の中に、この地歌をもとにした長唄「越後獅子」があり今日でも人気曲となっています。
地唄舞では、あくまでも大道芸にならず、座敷でまっているという心を忘れず、品良く舞わねばならないといわれています。

【詞章】
越路潟 お国名物さまざまなれど 田舎訛りの片言交じり 
白うさぎなる言の葉に 
面白がられしそうな事を 直江浦の海女の子が 
七つか八つ目鰻まで うむや網その綱手とは
恋の心も米山の とおき浮気で黄蓮も なに糸魚川糸魚の
縺れ縺るる草浦の 油漆と交わりて 末松山の白布の 縮みは肌の何処やらが 
見え透く国の風流を うつし太鼓や笛の音も 
弾いて唄うや獅子の曲 
向い小山の紫竹竹 枝節揃えて 切りを細かに 十七が 
室の小口に昼寝して 花の盛りを夢に見て候
(手事)
夢の占象(うらかた) 越後の獅子は 牡丹は持たねど 富貴は己が
姿に咲かせ舞い納む 姿に咲かせて舞い納む


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2009/05/29 (Fri) 上方四流家元競演『紀尾井 舞の會』

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上方四流の家元が東京で揃うのは初の試みです。千代田区にある紀尾井町小ホールでの『紀尾井 舞の會』に出演させていただくことになりました。「竹生島」は、母が最後に舞った演目で、舞った年齢も現在の僕と同じでした。大切に舞わせていただきます。

日付:平成21年7月22日(水)
時間:[昼の部]午後3時開演 [夜の部]午後6時30分開演
会場:紀尾井小ホール(紀尾井ホール5階)
紀尾井ホールは、客席数も少ない為お申し込みはお早めにとのことです。

地歌「竹生島」
去る程に 是はまた 勿体なくも竹生島 弁財天の御由来
くわしくこれを尋ぬるに 津の国浪速の天王寺 
仏法最初の御寺なり 本尊何かと尋ぬるに 
青面童子庚申 聖徳太子の御建立 
三水四石で七不思議 亀井の水の底清く 
千代に八千代にさざれ石 
巌となれや八幡山 八幡に八幡大菩薩
山田に矢橋の渡し守 漕ぎ行く船から眺むれば 
女波男波の絶え間より弓手にたかき
志賀の寺 馬手は 船路で片男波 
沖なか遥かに見渡せば昔聖人の賞め給う
余国に稀なる竹生島 考安帝の御代の時 
頃は三月十五日 しかもその夜は己の
巳をまつ辰の一天に 二股竹を相添えて 
八声の鶏と諸共に 金輪奈落の底よりも 
揺るぎ出でたる島とかや 
さるに依って鳥居に掲げし勅額は竹に生まるる島とかく
これ竹生島とは読ますなり 
弁財天は女体なれども十五童子のその司
巌に御腰を休らえて 琵琶を弾じて在します

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2009/03/29 (Sun) 由縁の月

4月4日土曜の「初心者のための上方伝統芸能ナイト」では、地唄『由縁の月』を舞わせていただきます。

地唄『由縁(ゆかり)の月』

憂しと見し 流れの昔なつかしや
可愛い男に逢坂の関よりつらい世のならい
思わぬ人にせきとめられて 今は野沢のひとつ水
すまぬ心のなかにもしばし すむはゆかりの月の影
しのびてうつす窓の内 広い世界に住みながら
狭う楽しむ真(まこと)と実(まこと) こんなえにしが唐にもあろか
花さく里の春ならば 雨もかおりて名や立たん

恋しい男とは別の男に身請けされた遊女が、真に心を寄せる男と逢うことが出来なくなったがその人の面影だけが自分の今の心を月の光のようにほのかに照らしてくれるのだと詠い
つらいと思っていた廓の世界を懐かしむ内容です。
 
近松門左衛門作「夕霧阿波鳴渡(ゆうぎりあわのなると)」吉田屋の段から書き換えられた歌舞伎『廓文章(くるわぶんしょう)』にこの曲が用いられていることから、大坂新町吉田屋の太夫・夕霧と馴染みになり勘当された藤屋伊左衛門が編み笠をかぶり紙子(紙で出来た粗末な着物)を着て、吉田屋へ訪ねてくる姿が振りにも取り入れられています。男と女の2通りの振りが伝わっていますが、男の方は伊左衛門の心持に寄り近く舞い、女は遊女であったり芸妓であったりその時々の扮装(ふう)で変わりますが大体が遊女という設定です。

 地唄舞は、能・狂言・歌舞伎・文楽などの一部分を取ってその作品の匂いを曲に残し趣向として座敷にて楽しんだ芸能ですから、本来の作品を背景として知っていることでより深く味わえるようになっています。もともと文楽の作品であり、上方歌舞伎に移された大阪の物語ですから山村流にとっても縁のある作品です。

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2009/02/09 (Mon) 地唄『ゆき』

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昨日は初心者のための伝統芸能ナイトで地唄「ゆき」を舞いました。「ゆき」は、地唄の中でも名曲ですし、地唄舞としても一番有名な曲です。山村流の師範試験の曲であり、山村流の舞手なら一度は舞ってみたいと思う曲です。谷崎潤一郎の「細雪」で四女の妙子が舞うのが「ゆき」です。

2月21日土曜日の伝統芸能ナイトにもう一度「ゆき」を舞わせていただきます。
父が妹(光)に「月に2度もゆきを舞うなんてあんたやったら死んでしまうな。」と言っていたそうです。

山本能楽堂に入る前に、桂春菜君の番組・ラジオ大阪『だから土曜日』に出演させていただきました。お陰で『五耀会』と『伝統芸能ナイト』の宣伝が出来ました。

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プロフィール

山村 友五郎

Author:山村 友五郎
本名・山村 武
文化3年(1806年)創流、上方舞・山村流の六世宗家。祖母である四世宗家、早逝した母・糸(五世宗家を諡)の遺志を継ぎ、平成4年に「若」を襲名。
流祖 山村友五郎よりの歌舞伎舞踊と、京阪神で発展した座敷舞(地唄舞)という二つの流れを大切に、古典の維持・伝承に努め、歌舞伎・文楽・宝塚歌劇等の振付も数多く手がけている。
平成18年には創流二百年舞扇会を開催。
平成26年、流祖の名跡を「六世宗家・三代目友五郎」として襲名。併せて長男が「四代目 若」を襲名。

【賞暦】
平成13年
文化庁芸術祭新人賞受賞
平成15年
舞踊批評家協会新人賞受賞
平成18年
芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞
平成19年
文化庁芸術祭優秀賞受賞
平成20年
日本舞踊協会花柳壽應賞新人賞受賞
平成21年
大阪文化祭賞受賞
平成22年
芸術選奨
文部科学大臣賞受賞
平成27年
日本芸術院賞受章

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