山村流 『吾斗ごのみ』日本舞踊上方舞山村流宗家山村友五郎 公式ブログ
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2008/11/30 (Sun) 山村流地歌舞 第五回 なら玉響の会

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今日は、「玉響の会」の下合わせでした。「玉響の会」は門下の若女が毎回、奈良で主催し五回目の今回、奈良県新公会堂・能楽ホールにて開催することになっています。

今回は、若女門人だけでなく、若峯董門人や楽春門人も出演します。山村流の若い舞手達が、うちの稽古場にて集まり下合わせをしているのは、山村流を次代に繋げていく新しい試みとなってくれるような気がしています。

今回私は「八島」を舞います。久々なのでと、以前舞った時のビデオを見なおし、少なからずショックを受けました。創流二百年祭の折、長男・侑が「八島」を舞った時の癖というかちょっとした所作が自分にそっくりなのです。稽古の折に直そうとやかましく叱っていた癖は紛れもなく自分の癖だったのだと愕然としました・・・。

「山村流地歌舞 第五回 なら玉響の会」 
平成20年12月7日
午後1時開場 午後1時半開演
於 奈良県新公会堂・能楽堂ホール 

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舞台 | comment(2) |


2008/11/28 (Fri) 地歌「猿蟹昔物語」

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山本能楽堂さんで催されてる「初心者のための上方芸能ナイト」の12月20日の演目を何にしようかと考えていると「12月は仇討ち」というヒントをいただきました。12月は「討ち入り」に因み仇討ちでということになり「猿蟹昔物語」を出すことにしました。

菊重精峰さんの創作地歌に振りを付けさせていただいた作品で、文字通り「猿蟹合戦」を地歌にしたものです。子供さんでも分かる内容ですし、歌詞に添った振りが付けられているので初心者の方も楽しんでいただけるかと思います。舞う本人は結構コサックダンスのような振りできついのですが・・・。

菊重さんによると来年のリサイタルでは、この続編が出来ているそうで、また、振りを付けて出演させていただくそうです。

地唄舞 | comment(0) |


2008/11/24 (Mon) 一年の終わりと始まり

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舞の会も無事終わりました。
「舞の会」が終わると一年も終わりだと実感します。昔は本当に「舞の会」が一年の舞い納めであったのですがここ近年は年末まで舞台が続くようになりました。

東京は完全に自分にとっては「アウェイ」なのでやはり終わるとほっとしました。国立劇場は間口が広いわりに奥行きが狭く照明のあたる場所も限られているので、『道中双六』のように扇の周りを廻るような振りには気を使う空間です。裾引きの女舞として作られているので袴で舞うには課題も残る演目ですがまた、舞い込んでゆきたい演目です。

今日は、若晴司一門の会が文楽の小劇場でありました。子供さん達も一生懸命舞台を勤めていました。皆楽しんでお稽古されていることが分かります。雨の中沢山のお客様がお出でくださっていました。

一つ一つ今年の行事を終えて、また、次の年が始まります。

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2008/11/20 (Thu) 舞の会の楽屋

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明日は『舞の会ー京阪の座敷舞』の下合わせ、22日は本番です。舞の会は国立劇場主催だけに、上方舞の舞踊家にとっては一年を締める大切な舞台です。

舞の会の楽屋は、「井上さんとこ(井上流さん)」の隣りが、「うちとこ(山村)」、で、「楳茂都さん(楳茂都流さん)」「吉村さん(吉村流さん)」とそれぞれお流儀ごとに入らせていただくようになっています。
上方舞は流儀も少ないだけに何となく親戚のような感じです。舞台前には「お先に舞わせてもらいます。」舞い終わったら「お先でした。」とそれぞれの楽屋を廻ります。

楽屋の中も家族のような雰囲気で、大きなお師匠さん方がいらした頃は、若榮、若しげ、若津也、楽正、大叔母(久子)と鏡台の位置も決まっており、奥から大きいお師匠さんの順に座っていました。本名の山村武で出演したのが1回目で、家元を継いでからは、大叔母が気を使い鏡台の順を代わってくれたのも懐かしい思い出です。

楽屋ではさんざん冗談をいいながら、「行ってきます。」と言って、舞台に立ったら鎬(しのぎ)を削る真剣勝負ー。
 
ここ近年は楽正お師匠さんとずっとご一緒でした。昨年までで最多出演だったお師匠さんは、今回休演。朗らかで華やかな楽正お師匠さんの鏡台前はいつものようにあけておくつもりです。

平成2年から毎年出演させていただき、子歳の前の年に「ねずみの仇討ち」をと、一回りして2度舞った他は毎年違う演目を出しているので、随分地唄を舞わせていただいたことになります。
「さあ、明日から東京に行ってきます。」

舞台 | comment(0) |


2008/11/18 (Tue) 道中双六

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11月22日(土)の国立劇場『舞の会ー京阪の座敷舞』で着る「道中双六」の衣裳がようやく出来上がってきました。若津也の形見の縞小紋の直しがなんとか間に合いました。やわらかい茶系統の縞が東海道の宿場宿場をめぐっていくイメージに合うような気がしています。
 
着物の「いき」というのは関東と関西では違いますが、色目、柄だけでなく、着方にも違いを感じます。例えば、女性の襟の合わせ方や男性の袴も(山村では、かもしれませんが)「ずろっと」長めに着て、袴が高いのは嫌がります。座敷舞では足元をうるさく言うためかもしれません。

また、同じ演目でも上方舞各流の好みがあるように思います。そういった「好み=いき」の違いも『舞の会』のお客様に見ていただければと思っています。

地唄(地歌)「道中双六」

【詞章】

筆の鞘 焚いて待つ夜の蚊遣りより 香のすがりは簪の 算木も捨て 車座に
廻り初める双六は 五十三次手の内に 投げ出す賽の目くばせに 壁にまじまじ 大津絵の
振り出す遣り手先払い 座敷踊りの中入に 仲居が運ぶ重箱は 姥が餅かと口々に
坂は照る照る鈴鹿の茶屋に 花を一もと 忘れてきたが 後でや後で咲くやら それ開くやら
よいやな ああ よいの土山雨と見て 曇るさし日を迎い駕 人目の関に門立ちの赤前垂の夕でりに
おじゃれおじゃれの手を引いて おっと 泊まりの床とれば 眠ぶる禿の浪枕
七里も乗らぬ曳き船に 綱手かなしむ憂いおもい 一間に籠る琴の音は岡崎 岡崎女郎衆ははし女郎衆 一夜妻から吾妻路に夜も赤坂のきぬぎぬに かざす扇の裏道を見附越すほど恐ろしき
音に聞こえし大井川 岸の柳の寝乱れて ここは島田の逗留かいなさればいな つもるなさけの雪の日は 不二に雲助ぶらぶらと 格子の外のころび寝に 夢は三島 箱根山 上り下りの恋の坂 飛脚の文の神奈川や 御ぞんじよりの土産には 江戸紫のエ

地唄舞 | comment(0) |


2008/11/15 (Sat) ダーツ

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ダーツにはまっています。
数年前に、「歌右衛門狂乱」を舞った折、以前に比べ扇の高さが出ていないと大叔父に指摘され、同じように使っているつもりでも筋力はやはり10代20代のころとは違ってきていることに気がつきました。技術が向上しても体力筋力は低下してゆく。舞踊家もアスリートなのです。筋力維持に加えて舞台に臨む集中力を養うことにもプラスになっています。

K劇場スタッフと対戦した時以前からダーツをしていることでハンディとして「若先生は左手で」といわれ、思わず笑みが・・・。二枚扇の為、日々左手でも練習を重ねていた甲斐がありました。

妻には「気分転換が上手ね。」といわれますが、結局は24時間舞台の事を考えています。

日常 | comment(0) |


2008/11/13 (Thu) 上方からの目線

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山村流の流祖・友五郎は3代目・中村歌右衛門と子供芝居で共に舞台を勤め、歌舞伎役者となり、後に歌右衛門の振付で振付師としての地位を確立することになります。ですから、歌右衛門さんの「狂乱」ということで「歌右衛門狂乱」という名の演目が残ったりと、山村家では、歌右衛門ゆかりの曲は流祖より伝わっている曲である証であり、特別大切に扱われています。

地唄や上方唄は上方のものであるはずなのに、江戸の地名を詠んだものもあります。
地唄「傾城」上方唄「文月」などがそれにあたりますが、大坂の役者であった歌右衛門が江戸下りの折に勤めた曲を故郷に持ち帰り上方の地でそれが定着し残されたためだと考えられます。

山村流の手ほどきの曲の一つに端唄「夕暮れ」という曲があり、隅田川周辺の情景を詠っていますから、何故うちの手ほどきに使われているのか不思議だったのですが、こんな小曲でも流儀に伝わっていった背景を改めて考えれば感慨深いものがあります。

従来の研究書や解説書を読むと大抵が、東京からの目線で書かれていることに気がつきますが、丁寧に古い大坂の文献や上方絵、歌舞伎番付をたどってゆくと祖母や大叔母、古い師匠達の言っていたことなどが思い当たったり、また、振りの意味が明確になったり「パズル」が解けたような気持ちになる時があります。今のうちにそれを文字にしておきたいと思ったことが「流誌」を発刊したり、ブログを始めたりした動機です。

上方の目線で遺されたものを検証し、次の時代に伝えたい。これも大切な使命だと思っています。

上方 | comment(0) |


2008/11/12 (Wed) 歩く

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今朝は久しぶりに歩けました。「体に良いものなど体にいれたくない!!」と豪語していた時期もあったのですが、数年前に逆流性食道炎というものにかかってからは煙草もやめました。(お酒はやめれないので。)この病気はストレスでもなるそうでこれもなくなりそうもないので、暇を見つけては歩くようにし、暴飲暴食(暴食だけかな)をつつしんだら、8Kg体重が落ちました。

もっぱら大阪城へ向けてそのつどコースを毎回変えながら歩くのですが、今日は「真田山公園」を通りました。久しぶりに行った大阪城周辺はすっかり秋の粧でした。大阪城にはやはり何かパワーのようなものがあるように思います。

自分に見えていないものはお客様にも見ていただくことは出来ないと思い、歩きながら季節の移ろいを肌で感じています。

日常 | comment(0) |


2008/11/10 (Mon) 大阪七幸めぐり

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先日、講師をしているO芸大の授業が休校との連絡が朝になって入り、半日ほど思わぬ時間が出来たので4つ(四天王寺・住吉大社・大念仏寺・今宮戎神社)まで廻っていた大阪七幸めぐりの残る3つ(四條畷神社・大阪天満宮・大融寺)をお参りし、嬉しく満願することが出来ました。それぞれ、立派な寺社で廻りながらその歴史的背景も知ることが出来ました。

最近西国三十三箇所参りをしたいと思うようになったのですが、休みというものが本当に取れない状態なので、まずは大阪の七幸めぐりからと思い立ったわけです。

やっぱり年をとったのかな~と感じる今日この頃です。

大阪 | comment(0) |


2008/11/09 (Sun) 国立劇場・舞の会ー京阪の座敷舞

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宝塚歌劇団月組公演「夢の浮橋」の初日も無事終え、ようやく舞踊家に戻り、11月22日の舞の会に向けて地唄(地歌)「道中双六」の稽古がやっと出来るようになりました。

「道中双六」は、夏の夜のつれづれに揚屋で酒宴を催している客が、座興にと一座の女達に双六をさせ打ち興じている様が描かれ、五十三次、京を振り出しとして江戸日本橋を上がりとするまでの宿場の名が面白可笑しく詠み込まれています。

双六ですから、次々景色が変わるのですが、「作もの」「艶物」「本行物」の範疇に入らずどのような心持ちで舞ったらよいのかまだ何箇所かつかめていないところがあります。

女舞の振りがよく出来ており、景色がお客様に浮かぶようにと思いながら稽古しています。舞っていて楽しい作品ではあるのですが、この作品を作った作者は本当に東海道を廻ったのだろうかと思う箇所や、艶っぽい内容などが詠われていても現在では伝わってこない所もあり、どのように表したらよいかなと試行錯誤しています。

舞台 | comment(0) |


2008/11/06 (Thu) 二枚扇

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今日は、そごう劇場に於いて「上方舞と上方文化」と題し、地唄(地歌)「黒髪」と長唄「浦島」を舞わせていただきました。

演劇評論家の廓正子先生との対談の中で先生よりさんざん「浦島」の二枚扇について語っていただきましたので、その直後の舞台はかなりのプレッシャーになりました。

なぜだかは分かりませんが、同じ二枚扇でも「歌右衛門狂乱」ではかなりの重圧を感じるのに対し、「浦島」の二枚扇では不思議に今まで気楽に使えていました。ところが、今日は事前にお客様が二枚扇についてご存知であり期待してご覧くださっているだけにいつになく緊張してしまいました。

ただ、今日感じた精神的圧力は来年2月に東京で舞う予定の「歌右衛門狂乱」への為にプラスになったような気がします。

花柳壽應賞を日本舞踊協会より頂くと翌年2月の日本舞踊協会公演には一人で出演することになるようです。各流共演の舞台ですので、流儀の大事な演目を持っていきたく、「歌右衛門狂乱」をと思っています。国立大劇場で「狂乱」・・・。

「山村流の扇の手は一見難しいと思えないなんでもない手が難しく、またそれを難しいと思わせていけない」と祖母も常々言っていましたが、来年2月に向けて精神的鍛錬になった舞台でした。

明日は、宝塚歌劇団月組公演「夢の浮橋」の初日です。初日の幕が開くとやっとほっと一息つけると思います。

舞台 | comment(1) |


2008/11/03 (Mon) NHK文化センター西宮ガーデンズ教室

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西宮ガーデンズに於いて、NHK文化教室上方舞(山村流)のクラスが平成21年1月9日(金)から開校されます。
新しい教室を開講するのは、緊張するものですが楽しみでもあります。地唄舞を愛する方が一人でも多く増えていただけたら幸いです。何卒、ご参加ください。 

NHK文化センター西宮ガーデンズ教室 
〒664-8204 西宮市高松町14-2-502 阪急西宮ガーデンズ5階
電話 0798-69-3450
NHK文化センター西宮ガーデンズ

上方舞教室 | comment(0) |


2008/11/02 (Sun) 黒髪

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今日は11月6日(木)のそごう劇場における「上方舞と上方文化」で解説をしてくださる演劇評論家の廓正子先生と打ち合わせを致しました。廓(かまえ)先生は私が生まれた時、『女系で続いてきた山村流に男の子が生まれました』と新聞記事に書いてくださった先生です。

「上方舞と上方文化」では地唄「黒髪」と長唄「浦島」を舞わせていただきます。
「黒髪」を舞台で舞わせていただくのは初めてです。着流しで(これも珍しい)舞おうかどうか迷ってます。若津也の形見の縞の小紋と一緒に頂いた襦袢を「比翼」に付けるようと頼んである衣裳が出来上がってから決めようと思っています。

地唄『黒髪』

【詞章】
黒髪の結ぼれたる 思いをば とけて寝た夜の枕こそ 
独り寝る夜はあだ枕 袖はかたしく つまじゃと云うて 
愚痴な女子の心と知らず しんと更けたる鐘の声 
昨夕の夢の今朝覚めてゆかし 懐かしやるせなや 
積もると知らで積もる白雪

【解説】
地唄「艶物」の代表的な曲です。
雪の積もる靜かな夜に片袖を夫に見立てて独り淋しく寝る女の思いを詠っています。
「艶物」とは地唄の中でも、捨てられた女心の哀れさを、枕詞、縁語、掛け言葉などによって包み込まれ優艶に詠われた作品を指しています。「黒髪」は手ほどきの曲にも使われますが、子供の頃から嗜みとして地唄や地唄舞に触れ年を経るにつれその曲趣を理解出来るようになり深く味わうようになるというのが、上方文化の奥深さであると思います。

「大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)」で源頼朝の正妻・政子への嫉妬の念に悩みながら辰姫が髪を梳くという場面では長唄(めりやす)として用いられています。上方の唄が芝居の中で使用される事や、歌舞伎の曲が上方で流行し地唄になることもあり、芝居に密接な曲の一つです。

地唄舞 | comment(0) |


2008/11/01 (Sat) 明日は荒通し「宝塚月組公演・夢の浮橋」

ukihashi

宝塚月組公演「夢の浮橋」も7日の初日を控え、明日は荒通しです。源氏物語や平安朝の振付をさせて頂くときいつもジレンマに陥るのは、平安時代の装束は踊る為に作られてないはずで、着て動ける範囲も限られていたでしょうから、どうしても振付上無理があるんですね。
春日野八千代先生が光源氏をなさった頃の楽曲のリズムと比べても、今のでは少なくても倍になっていますし、お客様の感覚も平安朝の時間の流れに耐えられないほどスピード化しています。その中で平安朝の雰囲気を出すのが至難のわざかと。産みの苦しみに今回も苛まれています。時間との戦。あと、一週間をきりました・・・

振付 | comment(0) |


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プロフィール

山村 友五郎

Author:山村 友五郎
本名・山村 武
文化3年(1806年)創流、上方舞・山村流の六世宗家。祖母である四世宗家、早逝した母・糸(五世宗家を諡)の遺志を継ぎ、平成4年に「若」を襲名。
流祖 山村友五郎よりの歌舞伎舞踊と、京阪神で発展した座敷舞(地唄舞)という二つの流れを大切に、古典の維持・伝承に努め、歌舞伎・文楽・宝塚歌劇等の振付も数多く手がけている。
平成18年には創流二百年舞扇会を開催。
平成26年、流祖の名跡を「六世宗家・三代目友五郎」として襲名。併せて長男が「四代目 若」を襲名。

【賞暦】
平成13年
文化庁芸術祭新人賞受賞
平成15年
舞踊批評家協会新人賞受賞
平成18年
芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞
平成19年
文化庁芸術祭優秀賞受賞
平成20年
日本舞踊協会花柳壽應賞新人賞受賞
平成21年
大阪文化祭賞受賞
平成22年
芸術選奨
文部科学大臣賞受賞
平成27年
日本芸術院賞受章

◆お問合メール◆

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