山村流 『吾斗ごのみ』日本舞踊上方舞山村流宗家山村友五郎 公式ブログ
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2009/09/15 (Tue) 五燿會が無事終わりました!

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 五耀會が無事終わりました。御来場頂いた皆々様に厚くお礼申し上げます。色々な方々のご厚意で実現した舞台です。関西から、応援に駆けつけてくださった方々にも心より感謝申し上げます! 

 地唄舞は座敷にて舞われたものなので、劇場の奥には何とか思いが届いても、間口の広さ、そして2階に対応出来る「振り」にはなっていませんので、正直とても悩みました。
 普通、地唄舞の燭台は上下に置きますが今回は、橋がかりの松に見立てて3本立てました。この置き方は大きな劇場の間口を埋める為何年か前に考えた苦肉の策です。

 舞台や衣裳にはその時々に応じていろいろな工夫を凝らすのですが、それを汲み取っていただくのも地唄舞の舞台の醍醐味かと思います。大劇場には対応しきれない部分はどうしても残りますが、関東の方には馴染みのない山村の舞をたくさんのお客様に御覧頂き貴重な経験になりました。
 
 自分的には「七福神」と「葵上」での筋肉の使う所が全く違うので正直きつかったです。普段と比べて3倍速のような「七福神」よりむしろ「葵上」を大劇場で舞うことのほうが難しく感じ、プレッシャーがかかったのはやはり流儀に対する責任が加わるからでしょうか。

 打ち上げは、蘭黄さんのお宅で。日本舞踊の将来や、自分たちが出来ることなどメンバーと語り明かしました。皆、日本舞踊を真面目にこよなく愛しているのだと実感しました。メンバーとの舞台は本当に楽しくまた、お互い刺激になります。稽古の時、「七福神」で僕が二枚扇を持つことになった途端に基くんが、高く飛び出したのも面白かったです。それぞれのメンバーが持ち味を出し合える関係でいい意味で進化しつづけたいそんな舞台でした。

年々東京が身近になってきましたが、大阪に戻り、どうしても”粉もん”が食べたくて、たこ焼きを食べました。

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プロフィール

山村 友五郎

Author:山村 友五郎
本名・山村 武
文化3年(1806年)創流、上方舞・山村流の六世宗家。祖母である四世宗家、早逝した母・糸(五世宗家を諡)の遺志を継ぎ、平成4年に「若」を襲名。
流祖 山村友五郎よりの歌舞伎舞踊と、京阪神で発展した座敷舞(地唄舞)という二つの流れを大切に、古典の維持・伝承に努め、歌舞伎・文楽・宝塚歌劇等の振付も数多く手がけている。
平成18年には創流二百年舞扇会を開催。
平成26年、流祖の名跡を「六世宗家・三代目友五郎」として襲名。併せて長男が「四代目 若」を襲名。

【賞暦】
平成13年
文化庁芸術祭新人賞受賞
平成15年
舞踊批評家協会新人賞受賞
平成18年
芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞
平成19年
文化庁芸術祭優秀賞受賞
平成20年
日本舞踊協会花柳壽應賞新人賞受賞
平成21年
大阪文化祭賞受賞
平成22年
芸術選奨
文部科学大臣賞受賞
平成27年
日本芸術院賞受章

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